北京支部で温泉旅行に行こうよ!
ここ最近北京支部にやや近い保養地(蓼児窪)にBF団らしき人間が度々現れ、何やら不穏な動きを見せているらしい、という情報が入った。
早速調査に乗り出そうとしたのだが、どうもA級以上、十傑集クラスの者が関わっているようで、調査の前に本部の三大軍師より、B級以下の支部員は待機、それ以外で動ける者は皆出動するようにとの命が下った。
その命には、九大天王である戴宗はもちろん、中条長官も含まれていた。
いくら不在の間は梁山泊から指南組が派遣されるといっても長官まで支部を離れて大丈夫だろうかと気を揉む呉の耳に、不意に銀鈴の独り言が届く。
「蓼児窪って確か天然温泉で有名よね……温泉…浴衣…相部屋……よし!健二さんに連絡しなきゃ!」
長官と温泉、長官の浴衣、長官と相部屋……
そんな光景が脳裏をよぎって真っ赤になる呉だったが、一息後にハッと我に返る。
「な、何を言っているんだ!夫婦でもないのに男女相部屋なんて、経理が許しても私が許さないぞ!」
思わず保護者の顔を見せてしまう呉に、銀鈴はカラカラと笑う。
「やぁね、ナニ勘違いしてるの呉先生。私はもちろん楊志さんと相部屋でいいわ」
「し、しかし今相部屋と言った後に村雨の名前を…」
「あの捻くれシャイな健二さんが、個人で行くならともかく社員旅行で素直に相部屋してくれるワケないじゃない。いいからちょっと見てて」
そう言うと銀鈴は手近な端末を操作し始める。パリ支部員と通信を繋いでいるところを見ると、村雨と直接連絡を取る気のようだ。すぐに話はついたようで、端末の画面に映っていたパリ支部員の顔が消える。相手がモニターに映し出されないところをみると、村雨は外出中か何かで音声のみの通信のようだ。
「あ、健二さん?今ヒマ?」
『あのな、俺は仕事中……潜入捜査の真っ最中なんだが…』
顔を見ずとも渋面をしているだろうと分かる不機嫌な声が届くが、銀鈴は気にした様子もなく話を続ける。
「あらそうなの、おつかれさま!ところで今度ウチ、みんなで温泉旅行する事になったの!」
『…みんな?誰と誰だ』
「みんなはみんなよ。呉先生、楊志さん、戴宗さん、一清さんに大作くんに鉄牛、長官もよ!」
『はァ?!北京支部総出じゃないか、大丈夫なのかソレ』
村雨の驚きは全うな反応だろう。会議などの日帰りで梁山泊へ赴く事はあるが、普通は緊急時以外で各支部長官が支部近辺から離れる事は滅多にない。
それだけ事態は大きい、という事だが、銀鈴の返答は至って朗らかなものだった。
「大丈夫よ、半分仕事みたいなものだから。せっかくだし、健二さんも来たら?」
『う…………い、いや、俺もヒマじゃないんだ。長期休暇なんて取れんだろうよ、だが…』
「そうなの、忙しいんじゃ仕方ないわね。おみやげ買ってくるわ。じゃ、また今度」
村雨はまだ何か言いかけていたが、銀鈴は手短に通信を切ってしまう。
「よし、これで100%現地に着いたら健二さんが偶然を装って同じホテルに泊まっているはずよ」
「場所も日時も言っていないが…」
「不死身の村雨を舐めてもらっちゃ困るわ。仲間外れにされた時の健二さんの執念はすごいのよ」
村雨と付き合いの長い呉もそれは知っている。ニヒルに見せかけていても案外寂しがりやなのだあの男は。
「はぁ…普段の仕事でもそれくらい情熱を向けてほしいものだな。……というか銀鈴、夜中部屋を抜け出して村雨のところに行ったりは…」
「もう、呉先生ったら心配性なんだから!大丈夫、ちゃんと仕事の無い夜は自分の部屋に戻ります。まあ同室は部屋にいないかもしれないけど」
楊志が部屋にいないかもしれない理由を察して、呉は言葉を詰まらせ、頬を染めた。
「ま、まあ本来ならば夫婦で一部屋にしてあげるべきが、今回同行する女性は楊志だけだからな……しかし、そうなら何故相部屋だなんて言ったんだ?」
どうにもそこが腑に落ちなく、聞いた呉だったが、次の瞬間尋ねた事を後悔した。
「決まってるじゃない!呉先生と長官を同じ部屋に押し込んだら面白そうでしょ!これは健二さんに教えなきゃと思って!」
「なっ…!わ、私はちょ、長官と、あ、ああ、相部屋なんて…っ」
先ほどよりも明らかに頬の赤みを増して呉が反論するが、銀鈴は聞く耳を持たない。
「否応なく序列で言ったらそうなるでしょ。あっ、長官だけでも一人部屋だなんて考えない方がいいわよ、ウチ貧乏なんだから。下手したら長官は一人部屋でも、他の男性陣はまとめて一部屋ザコ寝にされるわよ」
「うぐ…っ」
確かに、大部屋ならまだしも、財政状況を考えると2・3人部屋に5人共押し込まれる可能性は大きかった。
そして恐らく、いやまず間違いなく、大作君と鉄牛を一緒の部屋にすると一騒動が起きる。悶着を起こして肝心の任務が遂行出来ないのは困る。
「一晩だけならともかく、一週間は滞在予定よね?どうせ長官が見兼ねて『私の部屋においで』とか言い出すんだから、初めから手間なく二人で居なさいよ。あぁ、それとも長官からそう誘われたいっていう魂た…」
「ちっ、違う!!」
ただ呉は、一週間以上中条と同じ部屋で過ごすと思うだけで心臓が破裂しそうなだけなのだが、そんなあからさまな事を口にできる性格ではなかった。
まあ銀鈴もそこら辺は承知の上で煽っているのだが。
「じゃあ長官と呉先生で決定として…大作君と鉄牛は離しておいた方が無難よね。鉄牛と戴宗さんを一緒にしたらすぐ遊びに行っちゃいそうだから…戴宗さんと大作君、鉄牛と一清さん、そんでもって私と楊志さんの四部屋で決まりね」
「くっ、なんという隙のない布陣…!」
「それでよろしいですよね、長官」
呉が反論出来ないでいると、銀鈴は中条(実はずっといた)に確認を取り進める。縋るような思いで中条を見た呉だったが、中条はあっさりと頷いた。
「うん、それが無難だろう」
「せ、せめて三人部屋では…いけないでしょうか…?」
「大作君と鉄牛は離さなきゃいけないのよ?そうなると長官と呉先生か、戴宗さんと一清さん、どっちかの部屋に二人の内一人を…」
「そりゃちょっとゴーモンだぜ銀鈴!まだ大作の子守する方がマシだ!」
「ぼ…僕も…どちらか一人ならまだしも、お二人揃った所に割り込むのはちょっと、気まずい…というか…」
銀鈴の言葉を遮るようにして、実はやっぱりその場に居た当事者二人も揃って難色を示す。
「だっ、だいさくくんまでそんな…!っていうかどうしてそういうセットになるんです!長官と一清、私と戴宗でいいじゃないですか!」
「あぁそれなら」
「すごいマトモだ」
「私と長官がマトモじゃないみたいに言わないでくれないか大作君」
「チッ、確かにそれなら鉄牛と戴宗さんが同じ部屋になっても絶対に深夜脱走出来ない…考えたわね、呉先生…!」
何とか悶死は免れそうだ、と呉がホッとしたその時、鋭い声が場を遮った。
「だが、それは俺が拒否させてもらう!」
「何だと戴宗!やっと丸く収まりそうだったのに何故だ!」
「大作と三人になったらウチの嫁といるより夫婦に見られそうでヤだとかそういう理由じゃない。まあそう見られたらゾッとするのは確かだが」
「それはこっちも同意見ですが、この際背に腹は代えられませんでしょう」
「一番の理由は、俺や村雨相手だと地が出まくる呉先生と一週間付きっきりとか、俺が生き地獄の以外の何者でもないからです。俺だってバカンスしたい!嫁と温泉デートしたい!」
「いや別にすればいいだろう、いくら私だって夫婦の時間を邪魔したりしないぞ」
「地元の酒を思いっきり呑んだくれたい!」
「あぁ、それは阻止する」
「確かに長官がいないと呉先生は女子力が大幅ダウンするからなァ」
「聞こえてますよ鉄牛!私に女子力なんて元々ありません!」
「まあその件は呉先生以外がみんな分かっている事だから……と言うわけで長官、いいかげんまとまらないので〆をお願いします」
ずい、と銀鈴に押し出され、呉の前に立つ中条は心なし肩が落ちているように見える。
今さっきまでは旅先で己が失態をさらさないように繕うことで頭がいっぱいだったが、冷静になって考えてみれば自分の言動は中条を拒否しているとも取れる事に気付き、呉に罪悪感が湧き上がる。
そんな呉を労わるように、中条は努めて優しい口調でこう言った。
「……呉先生が私と一緒は嫌だと言うなら、無理強いはしないよ」
「い、嫌だなんて!むしろ光栄です…!!」
「なら、私と相部屋でもいいかね」
「はいっ!もちろん!……あっ」
感情に従うがままに即答した呉が、後悔してももう遅い。
「最初からそう素直に言えば一分で終わる話なのにねぇ。まあともかく部屋割り決定!バナナはおやつに入ります!集合は一時間後です!解散!」
はぁやれやれ、とかなんとか洩らしつつ散開していく面々に言い訳の一つでも言いたかったが、何を言っても無駄だと悟り、明日からの一週間+α、どうやって心臓をを持たせればいいのかと呉は頭を抱えたのだった。
続かない。
* * * * *
一清さんと姐さんは終始困り顔でオチの分かり切った展開を見守っていました。
なんかこういうネタで簡単なノベルゲームでも作りたかったんですが、時間と力量が足りなかったのでお蔵出し。
大作君が主人公で、誰と行動するかでルートが変わる、みたいな。
GOODルートは大作君が犯人逮捕。
あとキャラ毎のルートがあって、ルート別に犯人が違ったり。一清ならズイ、戴楊なら盟友、村銀だと幻夜。ちなみにどのEDでも鉄腕に近い時空なのでほのぼのです。
単独行動するとBF様とか正太郎さんとか出てきたりしても面白いなと思ったりなんだり。